20160514:御嶽スーパークライム@右ヘアピンコーナー

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衝撃(?)の痛い動画@2016御嶽スーパークライム

2016年5月14日の最終コーナー(上り)。

ESSE愛好者全員集合@御嶽スーパークライム

2016年木曽・御嶽スーパークライムに遠征してきました。
  ・5月14日(土):Vol.1
  ・5月15日(日):Vol.2

全員集合3

5月15日(日)の大会には、ESSE愛好者*5名の応援&観戦者が来てくれました。
下見走行は同乗可能、でも1名しか体験できませんので、残りの方は
次回以降でのお楽しみとなります。
【画像説明】 全員集合写真(但し、くるまじいはカメラマン)。

オレンジ2016

【画像説明】 2015年11月の車両仕様より、F/Dをローギヤード化して参戦。

御嶽2連勝

【画像説明】 運転手の腕ではなく、車両仕様の良さで結果が出ました。
        車両仕様がほぼ完成していますので、更なるF/D:ローギヤード化の効果は
        それ程でも無かったですね。
エンジン無改造のESSEとしては、ほぼ限界のタイムだと思います。

次回の御岳&御嶽ヒルクライム遠征は、2016年11月を予定しています。
ESSE愛好者の皆様、是非観戦&見学、出来れば一緒に参戦いたしましょう。
ビリでも(笑)、最高に楽しいイベントであることを、じいさんが保証いたします。




開催案内:BRIGヒルクライムチャレンジ2016



http://http://www.ks-rally.com/

制御技術:ローンチコントロールシステム

F-1の話題が、連続いたします。
大昔の思い出話をひとつ公開いたします。

日産モータースポーツの本拠地、追浜総合研究所時代の同僚、徳永直紀君が中心となって
「技術開発&完成」させた電子制御トラクションコントロールシステムのお話。

徳永直紀

1990年代初頭にグループAツーリングカーレースの終焉を迎えることが決定されており、
それに代わるレースとして英国ツーリングカーレース(BTCC)を範とするJTCCに、
移行することになっていた。

JTCC:2000ccNA、4ドアセダン、車両重量制限有、
     2輪駆動車、量産車のエンジンを改造&チューニング。
上記車両規定ですので、ほぼイコールコンディション。

当方の担当:JTCC:P10プリメーラ車両開発担当
        BTCC:P11プリメーラ車両公認担当

そこで、他車より「少しでも有利に戦える方策」として、「ロケットスタートを可能にするシステム開発」に着手。
社内用語で、RSCS(ラピッドスタートコントロールシステム)と称していたと記憶しています。

開発も終盤にかかった頃、JTCC規則で「電子制御技術装置」
の付加は禁止となり、この先端技術はお蔵入りとなった。

時は日産、経営が苦しい時代、とうとうルノーの支配を受けることになった。
それに伴い追浜ワークスでは、当時のルノーF-1活動に活用できる
「日産モータースポーツ保有技術」の棚卸が行われ、
徳永君開発のこの技術にスポットライトがあたった訳。

徳永君、ルノーF-1開発&参戦部門である「ルノー・スポール」に出向。
ライバル他車より100ps劣るルノーF-1が、スタートで他車をごぼう抜き。
F-1界ではこの話題が有名になり、開発したのは日本人らしい?、と。
フェラーリから引き抜き工作まで受けた徳永君。

出向期間を終え日産・追浜に復職したが、1年ぐらいして再度ルノー・スポールへ出向。
2回目の出向期間中に、日産・追浜ワークスは解体され、
徳永君は、そのままルノースポールに転籍となった。

「制御のスペシャリスト」として、F-1界で活躍している唯一の日本人エンジニアだと思います。

【画像説明】
  2016年6月発行、「Motor Fan」、復活第1号、三栄書房。
  P140~P143で、徳永君の現在の活躍が掲載されています。



青年の情熱:ホンダF-1第1期



中学生の頃ですが、ホンダF-1(V12、1500cc)が、F-1世界GPに挑戦を開始。
CG誌の編集長だった小林氏が、「新婚旅行&現地(欧州)F-1取材」を敢行。



その足に使ったのが、発売間もない「ホンダS600」でした。
毎月発売されるCG誌をむさぼり読み、ホンダF-1の活躍に、
一喜一憂した少年時代でした。

P1010024.jpg

ホンダRA272:60度V12、横置き、4バルブ、DOHC、1495cc、
         230ps以上/11500rpm、ホンダ自製6段。
バイク用125cc単気筒エンジンで開発を開始し、
それを12気筒束ねたENGだった、と聞いております。
鋼管スペースフレームからアルミモノコックへの移行の時期でした。
まさに、葉巻型フォーミュラカーでした。

HRA272.jpg

1965年最終戦、メキシコGPで「ホンダF-1:初優勝」。
1.5LF-1最後の1戦での、劇的な勝利となりました。
・アメリカ人F-1ドライバー:リッチ・ギンサー、F-1初優勝。
・アメリカ製グッドイヤータイヤ:F-1初優勝。
リッチ・ギンサー氏、中村良夫氏、本田宗一郎氏、
皆様、故人となっています。
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Author:くるまじい
くるま好き、モータースポーツ好き、音楽好き、映画好き、のじいさんの独り言。

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